東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6089号 判決 1969年11月28日
原告
須藤かね
被告
大里雅夫
ほか二名
主文
被告大里雅夫は原告に対し金一、八二〇、一〇四円およびこれに対する昭和四二年八月二六日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告の被告埼玉トヨタ自動車株式会社に対する請求および被告第一自動車用品株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用中原告と被告大里雅夫との間に生じた分は被告大里雅夫の負担とし、原告と被告埼玉トヨタ自動車株式会社、同第一自動車用品株式会社との間に生じた分は原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一、請求の趣旨
一、被告らは連帯して原告に対し一、八二〇、一〇四円およびこれに対する被告大里雅夫(以下大里という)は昭和四二年八月二六日以降、被告埼玉トヨタ自動車株式会社(以下被告埼玉トヨタという)同年六月二四日以降、被告第一自動車用品株式会社(以下被告第一自動車という)は昭和四三年二月七日以降、支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二、請求の趣旨に対する各被告の答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三、請求の原因
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四二年一月八日午後〇時一五分頃
(二) 発生地 茨城県下妻市大字前河原一一五八番地先路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(品五そ六六―四四号)
運転者 被告大里
(四) 態様
前記日時場所において、原告が道路を横断中、下妻方面に向け進行してきた被告大里運転の加害車にはねとばされた。
(五) 被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。
頭部打撲、右大腿骨折、左恥骨々折の重傷を負い昭和四二年一月九日国立大蔵病院に入院加療中である。
(六) また、その後遺症は次のとおりである。
歩行障害、精神的なショックで幻覚幻想が残り、外傷性痴呆の後遺症。
二、(責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告埼玉トヨタは、加害車を保管中被告大里に貸与したもので、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(二) 被告第一自動車は、被告大里を使用し、同人が被告第一自動車の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一五条一項による責任。
(三) 被告大里は、事故発生につき、脇見運転による前方不注意による過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
三、(損害)
(一) 治療費 六〇六、八五四円
本件事故による入院治療費は昭和四二年一月一一日より同年一〇月一三日まで総額一、一〇六、八五四円であるが、内五〇万円は自動車強制保険より内入し、差額は六〇六、八五四円である。
(二) 付添看護料、交通費、食事代、雑費等 二一三、二五〇円
但し、昭和四二年一月九日より五月三一日まで
(三) 慰藉料
原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み一〇〇万円が相当である。
四、よつて被告らに対し一八二、〇一四円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から支払い済みにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四、被告大里の請求原因の認否。
一、請求原因第一項(一)ないし(五)は認める。同第二項(三)の内脇見運転は否認。同第三項の内慰藉料は争いその余の損害は不知。
第五、被告埼玉トヨタの事実主張
一、請求原因の認否
第一項不知。第二項(一)は否認(三)は不知。第三項は不知。
二、被告埼玉トヨタの主張
(一) 原告主張の加害車(以下本件自動車という)は昭和四一年一一月二日訴外灘琺瑯株式会社より被告埼玉トヨタが新車販売に際し下取り車として買受けた。
(二) 被告埼玉トヨタは同年一一月二二日自動車修理業及び自動車販売業を営む訴外野寺吉助に対し、本件自動車を販売委託し、(商法第五五一条以下問屋営業の性質)右販売のため本件自動車を同人に引渡した。右野寺吉助は同年一二月二五日同人の代理人訴外森勝已を通じて本件事故の加害者大里雅夫に対し代金二二万円にて売渡す旨の契約を締結し、右代金を近日中に即金にて入金する際に所有名義の登録を右大里に対してなすということで、本件車両を即日同人に引渡した。右契約により本件自動車の所有権は右大里に移転したもので、被告埼玉トヨタ自動車は所有者でもまた、保有者でもなくなつた。
(三) 仮りに右森勝已が自己の名において右大里に本件自動車を売渡す旨の契約を結んだもので、森勝已は右野寺吉助の代理人ではないとした場合は、野寺吉助は右森勝已に対し、さらに同年一二月初め頃販売委託をし、(商法上の復委託)同人に対し同月二四日頃本件車両を引渡し、同人が右委託に基いて自己の名をもつて前記同趣旨の契約を右大里とし、本件自動車を引渡したものであつて、いずれにせよ同年一二月二五日に本件自動車の所有権は被告大里に移転し、右車両の引渡も同日右大里にしているので、被告埼玉トヨタは所有者でも保有者でもなくなつた。
(四) なお、同年一二月二七日頃、被告埼玉トヨタは前記野寺より本件自動車が売れた旨の報告を受けたので、前記野寺と埼玉トヨタとの間で本件車両の野寺と埼玉トヨタ間の代金を金一七万円とする合意をみたのである。
従つて仮りに同年一二月二五日には本件車両の所有権が未だ被告大里に移転してなくとも、少なくとも、右一二月二七日には、本件車両の所有権は右大里に移転している。なおその登録名義は当時訴外日産プリンス中央販売株式会社のものとなつていたが、前記大里より近日中に全額代金が即金にて入金する際に被告埼玉トヨタを経由して右大里に名義変更するということになつていたものである。
(五) ところで、被告大里に対する本件車両の名義変更がなされなかつたのは次のような事情によるものである。
その後前記森勝已の再三の督促にもかかわらず、被右大里は代金を支払わないので、被告埼玉トヨタは訴外野寺との間で、とにかく、頭金七万円位は現金でとつてその余一〇万円については毎月一万円ずつの大里雅夫振出の手形を野寺を経由して埼玉トヨタに裏書譲渡させ、それと引換に埼玉トヨタは右大里に対し、所有権移転の名義変更をし、同時に残金についての抵当権を設定するという話し合になり、訴外野寺は前記森勝已を通じて、大里にその旨請求した。そして被告埼玉トヨタはとりあえず、頭金が現金で入金し、分割手形の交付があつたときは、直ちに被告大里に対し名義変更ができるように、昭和四二年一月二六日前記日産中央プリンス株式会社から自己名義に本件車両の登録名義を移して待機していた。
ところが同年二月末頃になり、ようやく右大里は前記森に対し、頭金分七万円の手形と、残金の分割手形を交付し、右森はこれを前記野寺に交付した。
しかし、右頭金は右のように現金でなく、手形で野寺に入金したにすぎないし、また、大里からも名義変更に必要な書類の交付もないので、埼玉トヨタは未だ右大里には名義変更はせず、野寺において右手形を取立てたうえ現金を埼玉トヨタに入金すれば名義変更をするつもりであつたが、結局右手形も不渡となつたので、それもならず、そのうちに、同年四月二八日頃被告埼玉トヨタに対し、前記森及び野寺から、大里より全く入金がないので、車を引取つてほしいという申し出があつたので、被告埼玉トヨタは契約を解除し、これを引取り同年五月四日廃車したのである。
なお、原告は、被告埼玉トヨタが発行した甲第三号証(自動車貸与証明書)をもつて、本件事故当時、本件車両の保有者が被告埼玉トヨタであつたことを主張するが、これは被告埼玉トヨタの担当者に対し、査定事務所の訴外小野省一より自賠法の保険請求の際に必要であるから、かかる書類を発行してほしいという依頼があつたので、原告において、責任保険の請求もできないのは気の毒と思い、右手続にのみ使用されるもので、他に問題が起きるとは全く考えず、好意にて発行したものにすぎず、これをもつて被告埼玉トヨタが本件車両の保有者であるということはできない。
第六、被告第一自動車の事実主張
一、請求原因の認否
第一項は不知。第二項(二)は否認(三)は不知。第三項は不知。
二、主張
被告大里は被告第一自動車のセールスマンであり、本件事故発生の日は日曜日で会社は休みであり右大里は会社へ出勤せず休養中で何処へか遊びに行くため他より借受けていた(被告第一自動車と何ら関係なし)普通乗用車(加害車)を運転して通行中本件事故を起したもので、右行為は被告第一自動車の事業執行とは全然無関係である。
第七、証拠関係〔略〕
理由
一、請求原因第一項(一)ないし(五)は原告と被告大里の間には争いがなく、右事実は、〔証拠略〕により認められるところである。
二、被告埼玉トヨタの運行供用者責任について、
〔証拠略〕によれば、本件自動車はもと訴外灘琺瑯株式会社の所有で、その登録名義は訴外中央プリンス自動車株式会社にあつたところ、昭和四一年初め頃被告埼玉トヨタが下取りとして買取つた。同年一一月二二日頃被告埼玉トヨタは従前より同社の自動車の販売の仲介をしていた訴外野寺吉助に対し、本件自動車の販売を依頼し、これを引渡した。右野寺は同年一二月二四日頃訴外森勝已を通じ被告大里に代金二二万円で売渡すことになり、同日頃被告大里に引渡されたので、一二月二七日頃に野寺より被告埼玉トヨタの中古車係長の小山三郎に右の売買の経過が報告され、承認を受けた。しかし、代金は頭金七万円を支払つたのみで、残額についての支払がなかつたので、契約書を作成するにいたらなかつたが、昭和四二年一月八日に被告大里の運転中本件事故が惹起された。この頃登録名義は中央プリンス自動車株式会社のまゝになつていた。
右認定事実によれば昭和四一年一二月二七日訴外野寺より被告埼玉トヨタに被告大里に対する売買が報告された頃本件自動車の所有権は被告大里に移り、引渡もされたことが認められ、この頃より被告埼玉トヨタは運行利益、運行支配を喪失するに至つたものと認められるのであり、被告埼玉トヨタは本件事故につき運行供用者責任を負わないというべきで、その余の判断をなすまでもなく原告の被告埼玉トヨタに対する請求は失当である。
三、被告第一自動車の使用者責任について
〔証拠略〕によれば、被告大里は当時被告第一自動車の被用者であつたが、昭和四二年一月八日は日曜日で公休日になつており、特にこの日に仕事を命ぜられていたこともなく、映画を見に行く途中、前記認定のとおり被告大里が被告埼玉トヨタから買受けていた本件自動車を運転しているとき本件事故を惹起したことが認められ、右事実によれば、被告大里は被告第一自動車の業務執行につき本件事故を惹起したものとは言えないのであり、従つて、原告の被告第一自動車に対する請求はその余の判断をなすまでもなく失当である。
四、被告大里に対する請求について
原告が道路を横断中被告大里が本件自動車を衝突させたことは当事者間に争いがなく、右事故の態様によれば、被告大里に過失があつたことが推認できる。従つて被告大里は原告の次の損害を賠償すべき義務がある。
(一) 〔証拠略〕によれば原告は昭和四二年一月一一日より同年一〇月一三日までの国立大蔵病院の入院診療費として一、一〇六、八五四円を要したことが認められ、このうち五〇万円は自賠責保険金より受領したことは原告の自陳するところであるので、これを控除すれば六〇六、八五四円となる。
(二) 〔証拠略〕によれば、原告は附添看護費用として原告の請求する二一三、二五〇円を超える出費をしたことが認められる。
(三) 〔証拠略〕によれば原告は昭和四二年一月九日より同年一〇月一三日まで国立大蔵病院に入院し治療を受けたが、完全に治らず精神科に入院の必要があるとされ、天候の変り目等に大声で騒ぎ、気違いのような状態になることがあり、ときどき家を出てしまうことがあり、昭和四四年四月頃寝たきりであることが認められ、これらの事実によれば原告の受くべき慰藉料は一〇〇万円をもつて相当と認められる。
(四) 被告大里は合計は一、八二〇、一〇四円および訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年八月二六日以降支払済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
五、よつて原告の被告大里に対する請求はすべて正当として認容し、被告埼玉トヨタ、同第一自動車に対する請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井真治)